multicultural SF

カテゴリ:random thoughts( 276 )

反応が薄い人たち

最近私が接する大学生は、とても、とても「反応が薄い」です。特に、クラス全体に向かって話をしている時。もちろんまじめに聞いてはいるんだろうけれど、問いかけをしても、全員

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」(無言)

無理やり1人に当てて、聞いてみてやっと、ぼそっと答えが返ってくる。

なので、説明していることを理解しているのかどうか、あるいは問いかけに対する答えが分からないのか、分かるけれど恥ずかしくて答えないのか、あるいは質問そのものを聞いていなかったのか(もう一回質問を繰り返す必要があるのか)が分からない。

1対1で話すと反応は返ってくるのだけれど…。

大勢の前で質問したり、発言したりするのは、確かに勇気がいるけれど、分かっているならそのような反応、分かっていないなら「わからないよー」という反応があると思うのですが、それが全く読めない。

目下、どのように接していけばいいのか悩み中です。

※特に最近の若者の傾向、というのではないと思うのですけれども。こういう雰囲気のクラスって、あるとおもうので。ベテランの先生方はどういう対応されているのでしょうかね…。聞いてみたいです。

※あと、このクラスの学生はコミュニケーションをとるのを恐れているというか、コミュニケーションの取り方があまり分からないのかなあ、、、と思ったりもします。自分もコミュニケーション能力が高いわけではないので仕事でも小さいことに悩みながらやっているのですが、それでも、自分が困ったり悩んだりしていることを誰かに言わないで、内輪だけで何とかこそこそやろうとしている彼らを見ていて「言ったらいいやん!」と思ってしまうのです。

写真(↓)は先日出張で行ったロンドンにて。
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by hanasmilesf | 2014-03-11 20:05 | random thoughts

最初のあいさつ

お久しぶりです!

2014年初の投稿です。

もう2月も半分を過ぎましたが、みなさま、今年もよろしくお願いいたします。
今年もマイペースでやっていきたいと思います。

今年の目標は、アクティブに!です。

とはいえ、仕事とプライベートのバランスがいまだにうまくいきません…。これも、慣れなんでしょうか。
今の仕事もようやく2年目を迎えましたが、バランスもうまくとっていけるように、頑張っていきたいと思います。

さて、最近の疑問というか悩みは、メール文や電話のあいさつで使う「お世話になっております」「お疲れ様です」です。

社会人2年目でペーペーの私は、はじめ、メール文ではどの人(社内、社外)にも「お世話になっております」を使っていましたが、同僚から「お世話になっております」を社内の人に使うのはおかしいと言われ、あ、そうなのか…と、次からは「お疲れ様です」を使うようになったのです。(ちなみに、社外の人とのやり取りで「お世話様です」とメールのあいさつで書かれる人もいたのですが、これは少し違和感がありました。)

ところが、内線電話(社内)でのやりとりでも「お世話になっております」を使う人がいて、私も自然と「お世話になっております」を挨拶がわりに使っていたのですが、先日同僚との食事会でそれも変な感じだよね…という話になりました。他のところでも働いたことのある同僚何人かによると、前のところでは社内では「お疲れ様です」を使っていたそうで、今の職場はまた違うので、「職場の文化」みたいなのがそれぞれあるのかなあ、という話になりました。私はそれまで意識していなかったのですが、今度は内線電話に出たときにどんな挨拶をされるのか、が気になってしまい、「お世話になります(なっております)」「お疲れ様です」「こんにちは」など、人によって違うということが分かってきました。

結局、どういうのが正しいのかは、まだあいまいなままです。「お世話になっております」「お疲れ様です」の使い方、社会人の先輩の皆さんはどう思われますか?

※今日からコメント欄は承認制にしています。
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by hanasmilesf | 2014-02-18 00:06 | random thoughts

日本とアメリカの住みやすさ:住めば都?

つい先日、知り合いの先生に聞かれました。

「改めて、日本とアメリカ、どちらが住みやすい?」

私の答えは素早かったです:「日本でしょう」

このブログでも話してきた理由を述べました。言葉の問題、日本では「外国人」ではないということ、アメリカでは自分が属したと思えるコミュニティがなかったこと、どこかで疎外感を感じていたこと…。

最後の言葉をを聞いて、先生は「それはあなたの性格もあるかもしれないね。あなたは内向的だし」

と言われました。

そのちょっと前に、他の先生から私が貪欲に研究活動などに取り組まないことを指摘されていたので、その先生からも同じように感じられていたことを改めて指摘されたと思いました。

自分では、「内向的」と思ったことはなかったのですが、普段、接している先生から見ると、私よりもはるかに積極的で、研究に貪欲に取り組んできた自分の教え子たちを見てきている、ということもあって、そういう発言をされたのだと思います。

そのように指摘されたことは、おそらく当たっていると思うし、研究に関しても、まだまだ貪欲にいかないといけないのだと思います。(このことについてはあとで述べます。)

でも、話を元に戻すと、私が内向的な性格なことと、「アメリカが住みやすい」と感じるかどうかは、関係があるのでしょうか?

はっきり言ってしまえば、私はまだ今の職場でも疎外感を感じることがあります。これも前述べたように、嘱託職員であるという立場であったり、この土地の出身でないことであったり、いろいろなのですが、文化的に共有できる部分が多い、というのは、少なくともストレスが少ないかなーと思います。(アメリカでは、そのストレスに「慣れた」ということなのだと思います。)

私がもっと社交的だったら、友達も、もっとたくさんできたと思います(それなりに友達はたくさんできたので、少なかったとは思いませんが)。日系コミュニティには関わっていましたし、もっと関わっていれば違ったのか?社交的であるかどうかとは関係ないかもしれませんが、もしかしたら、関われば関わるほど、疎外感を感じることになった、という可能性もあるのではないか、とも思います。

逆に、社交的であることと、「アメリカに住みやすさを感じる」こととは、どのような関係があるのでしょうか?

もし社交的な人だったら、どこへ行っても問題ないと思いますし、どこへ行っても「住みやすい」と感じるのではと思います(もちろんその人の順応性にもよりますが)。また、内向的な人だからこそ、(一般的な)アメリカ人の陽気でフレンドリーな性格はかえって過ごしやすいのでは?と思うのですが・・・。

その先生に言われた私の「内向的な性格」と、「私が日本の方が過ごしやすいと感じた」ことって、あんまり関係ないんじゃないかな?と思ったんです。つまり、「アメリカに住みやすさを感じるかどうか」は、その人の性格はあまり関係ないのではないかな?と思うんです。じゃなかったら、内向的な人は誰も留学や、就労でアメリカに渡らないでしょう。

確かに、「日本は住みづらいと感じたから、アメリカへ来た」という人は、私の友達にもいましたし、そういうこともあると思います。でもその人の性格と関係しているかどうかは、単純に言えないなあと思います。

アメリカに10年以上住んで、出した結論が「日本に帰る」だったので、後悔はしていませんし、「これからも日本に住むだろうな」と思います。ただしその理由が自分の性格だとは思いません。

日本に帰ってきて、1年半以上が経ちましたが、日本で働いて、自分の意見が思うように言えなくてもやもやすることはありますが、そこを「アメリカだったら・・・」とかは不思議とあまり思いません。自分のアメリカの経験に基づいて意見を言うこともありますが「アメリカの方がいい」とか「アメリカのこのやり方をもっと真似したら」ということも、ほとんど思いません。

アメリカにはアメリカの、日本には日本のやり方があるし、その社会や文化に合ったやり方をしているわけですから、ひょいとアメリカから帰って来た人が「こっちの方がいいからやりましょう」とかは言わないです。おそらく私がアメリカで働いていても「こっちの方がいい」と日本のやり方を主張することはないと思います。

念のために言っておくと(これは前もいいましたが)私はアメリカが嫌いになって、帰国したわけではないので、アメリカのいいところももちろん知っているつもりだし、アメリカの考え方に影響されている部分もたくさんあります。だからと言って、「アメリカ万歳!」とはならないし、無論「日本万歳!」でもありません。

そして、「アメリカに住むことを決めた」友人たちを「それは違うんじゃない?」とも思わないし、私が日本に帰ってきたことも、自分ではこれが私の出した答え、と思っているので、納得しています。要するに、「アメリカと日本とどちらがいいか」を比べること自体ナンセンスかもしれません。そう言ってしまえば元も子もないのですが026.gif

あと、「住みやすさ」に自分の性格が関係しているとしても、それよりも「その土地にコネクションやつながりを感じるか」にもよるのかなーと思います。もちろん長く住んだサンフランシスコや、ミネソタにはコネクションがあるわけですが、私の場合はおそらく日本にコネクションやつながりを強く感じてしまったんだろうなーと思います。それがいい、悪いではなく。もし私がアメリカにもっとコネクションを感じていたら、違う選択をしたんだろうなと思います。振り返ってみると、私はアメリカにいる時も、ずっと日本の方向を向いていました。日本はどうかな、日本の場合はどうなのかなあ、と。自分の研究対象のこともありますが、ずっと日本のことが気になっていたんだと思います。このときも、「どちらがいいか」という風には考えなかったです。どちらかというと、アメリカも日本も同じライン上(もしくはパラレル状態)にある感じ。だから今でも「どちらがいいか」というのはあまり思わないし、考えません。日本にいるときは向こう岸のアメリカを見ているし、アメリカにいるときは向こう岸の日本を見ています。説明するのが難しいですが…。

最初の先生の質問に戻ると、私の出した答えは「日本」。でも、だからと言ってどちらがいいかどうかを比べるのはナンセンス。そして、その答えが私の性格によるかどうか。もっとナンセンス。先生ごめんなさい。



私が貪欲になれないのには、私自身まだ少し迷いがあるんだと思います。迷い、というよりは、覚悟が足りない、といった方がいいかもしれません。自分の次の道を、まだ考えているところなんです。またこの話も、おいおいできていったらいいなと思います。001.gif



日本の方が住みやすいこと、もっとプラクティカルな面で言うと、私は車を運転しないので(ゴールド免許です!)日本の方が交通の便がいいですよね~。これは、帰ってきて本当にそう思います。ただし、田舎は車がないとだめですけどね。
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by hanasmilesf | 2013-12-10 22:22 | random thoughts

少子化の現実味

久々の1日連続投稿です018.gif

実は、私の住んでいる市は平成の大合併で数年前に4つの町が合併して一つの市になりました。最近知ったのですが、私のホームタウンである旧町にあった5つの小学校が今度2つに統廃合される予定だというのを聞きました。

まだ詳しいことは分かっていないのですが、おそらくあと2年ほどで実施されると思います。

なんだか、さみしいなあという気持ちと同時に、本当に少子化が進んでいるという実感がひしひしと現実味を帯びてきました。合併したほかの町でも、小学校の統廃合は進んでいるそうで、中には小学校が一つになってしまうところも。

何度も言いますが、さびしいですね…

おそらくこれから増えることはないであろうと思いますし、人口が減るペースをどうやって落とすか(人口維持するか)が課題になってくるでしょう。今まで結構楽観的にとらえていましたが、人が住まない町、過疎化していく町をどうやっていくのか…

おそらくもうすぐ国政選挙がありますが、少子化・高齢化、過疎化、地方経済の発展…など、地域行政に関する課題ってこれからどんどん山積みになっていきますね。

みんなが少しでもすごしやすくするためには、どうしていったらいいのでしょうね。
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by hanasmilesf | 2012-11-13 14:17 | random thoughts

呼称の難しさ

9月に入って、虫の音の合唱が聞こえるようになりました。

夏の仕事から帰ってきてから早1ヶ月が経ってしまいました。だんだん、アクティブになりつつありますが、まだまだスローペースで活動しています…。時間があるうちに、できることをしていきたいと思います!がんばれ自分。

先日こんな本を読みましたよ。

僕たちのヒーローはみんな在日だった

朴 一 / 講談社



在日、というのは「在日コリアン」のことですね。筆者はこの呼称について、次のように説明しています。
日本に定住する韓国・朝鮮系の人々を指す表現には、「在日コリアン」以外にも「在日朝鮮人」や「在日韓国・朝鮮人」あるいは「在日韓国人」などという言葉がある。いずれも植民地時代に彼らの祖父母や父母が何らかの事情で朝鮮半島から日本に渡ってきたという歴史的経緯を持つ人々を指す言葉であるが、「朝鮮」や「韓国」という言葉がそこに入っているという点で、「朝鮮籍」や「韓国籍」を有する人々が想定されているイメージが強い。

これに対して、筆者が使用している在日コリアンという言葉は、国籍とは無関係に、日本で定住しつつも、朝鮮半島にルーツを持つ人々を概念化したものである。したがって、このグループには、韓国・朝鮮籍持つ人々のみならず、すでに日本の国籍を取得した韓国(朝鮮)系の人々も含まれている。彼らは日本人ではないかという人もいるが、私はこうした意見を排除するものではない。彼らは韓国(朝鮮)系の日本人でもあるからだ。ここで重要なことは、日本人か、韓国(朝鮮)人かという二者択一の分類ではとらえきれない存在を在日コリアンという言葉で理解しようということである。(19~20ページ)

(以下少し編集しました。下に追記あり)

私も研究発表などで在日コリアンという言葉を使うとき、また実際に当事者に出会ってお話を聞くときに「在日コリアン」という言葉を使うかどうか、そして使う時にどのように説明するべきか、(研究発表時などに)説明が必要かどうか、というのは非常に悩む点です。

私自身は日本人なので、日本人の立場から一方的に呼称を決め、使ってもいいものかどうか、というのもあります。というのは、人によって自分を「在日朝鮮人」と言ったり「在日韓国人」、あるいは「朝鮮人」「韓国人」「在日コリアン」「在日」など、いろんな呼び方をしているのが現状で、そして中にはその呼称にこだわりを持っている人もいるからです。だから、日本人である私が勝手に十把一絡げにして「在日コリアン」を使うことはできない。

けれども、研究していくので、どのように呼ぶか、というのは研究者として決めなければならないんですね。そこで私も、大体この筆者の朴一さんと同じような理由で、「在日コリアン」という呼称を使っています。

現在日本語や日本社会の文脈で使われる「朝鮮」「韓国」というものが、国(国家)をイメージさせるものであり、それはイコール北と南に分かれている朝鮮半島の国の名前でもあります。しかし、多くの「在日コリアン」の先祖たちが日本に来た時には、北と南の区別はありませんでした。ここから、その当時の名称であった「朝鮮」、「朝鮮人」、「朝鮮語」を使うのだ、という意見がありますし、そうするのが本当なのだろうと思います。しかし今は「朝鮮」=「北朝鮮」というイメージが日本社会の中で出来ているため、それが悪いイメージを持たれて使われることがどうしてもあります。「コリアン」という、両方を含む言葉を使うことで、北でも南でもない、朝鮮半島から来た人、という意味を込めるため、そして「朝鮮」を使うことによって「韓国」が排除される可能性を少しでも低くするためにも「在日コリアン」という言葉を使っています。

が、何度も言うようにこれは日本人研究者である私がその人たち(They)を呼ぶときに用いる用語でもあり、もし「彼ら」が自分(たち)のことを(インタビューの中などで)「在日朝鮮人」あるいは「韓国人」という風にアイデンティファイした場合は、そのまま用いるようにしています。

(追記)
ちなみに、最近はあまり聞かなくなりましたが「在日韓国・朝鮮人」「在日朝鮮・韓国人」は、当事者たちに使われることはほとんどなく、それよりも日本人側から「彼ら」を指す言葉として使われることが多いです。昔はよく見かけたような気がします。今でも時々見かけはしますが、私としてはこの呼称は日本人側に「つけられた」ものであり、特に悪いイメージはなくニュートラルな意味合いで使われていても、あまり使いたくないんです。

そして、英語での呼び方ですが、これもややこしく、「日系アメリカ人」のような感覚でKorean-Japaneseというと、「韓国(朝鮮)系日本人」となり、ここには日本国籍を持っている人、というイメージがどうしても着いてしまい、(というのは、アメリカやほかの国では、その国で生まれるとそこの国の国籍に自動的になりますが、日本は父母のどちらかが日本国籍者でないと生まれながらの日本人にはなれません)非日本国籍者を含めるニュアンスが薄くなってしまいます。

なので、Koreans Living in Japanとか、Korean Residents in Japan、 Resident Koreans in Japanなどと呼んでいます。が、最近はJohn Lieやその他の英語圏在日コリアン研究者も(そして私も含め)Zainichi Koreanという言葉を使うようになり、そのまま使うことが多くなりました。

そうなると「在日」とは何か、という説明が必要になってきます。「在日」は、当事者が使うこともありますが、これを使うときは日本、日本社会、日本人、という存在が意識されている中で使われることが多いような気がします。「在日」が含む意味は、「日本に住んでいる外国人」ということでもありますから、自分の民族性よりも、日本の中での立場、という意味で使われる、ということですね。また、「在日」という言葉はよく単独で使われます。日本人(コリア系ではない)が「在日」という言葉を人に対して使うときはほぼこれがイコール、朝鮮半島にルーツを持つ人、ということになります。なので、「在日」という言葉だけでもいろんな意味が含まれているんですね。なので、カッコつきで「在日」が使われる場合もたくさん見かけます。私は研究の時はは、単独で「在日」を使うことはできるだけ避けています。これも、当事者が自分をアイデンティファイするときに、単独で使うことはあまりないからです。(追記ここまで)

さて、本についてですが、在日コリアンの芸能人、プロスポーツ選手(特にプロレス、野球、ボクシング、サッカー)、政治家(新井将敬)について、分かりやすく書かれていて読みやすい本でした。最近活躍している鄭大世や李忠成なんかのことも書かれていますし、力道山についてはかなりページを割いています。ただ、本人のインタビューではなく、その人について書かれた本などをもとにまとめられている感じなので、読みごたえとしてはもう一つかなあ、という感じではありました。

だいぶ前に紹介した「コリアン世界の旅」では、本人に直接インタビューをして回られているので、その人の言葉や臨場感が伝わってきましたので、本としては、少し前に書かれたものでありますが、「コリアン世界の旅」のほうがお勧めです。

コリアン世界の旅

野村 進講談社


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by hanasmilesf | 2012-09-08 22:30 | random thoughts

祈りと怒りが渦巻く震災1年

去年の3月11日、アメリカでは日付が変わったころだったように記憶している。その晩はまだ眠れなくて、当時始めたばかりのツイッターをしていたら、タイムラインが地震だ地震だとすごいことになった。

かなり大きな地震が起きたらしいと分かり、他のウェブサイトなどもチェックしたが、どうしても中継などが見れないまま、どうなっているかもやもやしていると、地震発生から1時間ほどたったころだろうか、広島に住んでいる中学生がUstreamでNHKの中継を流しているという情報を得て、初めてどういう状況なのかを目の当たりにした。そこには信じられないことが起きていた。津波が街を飲みこんでいる場面が延々と流されていたのだ。

ショックでその晩は何時間寝たのかあまり覚えていない。地震から1,2日後にはテレビ局がUstreamを流し始め、それで情報を得ることができたが、それでも、情報はかなり断片的だったのを覚えている。テレビ局も、災害の緊急態勢で普通の状態ではなかった。

私自身は、1995年の阪神大震災を体験しているが、身内や親せきに犠牲者はなく、家の棚のものが落ちる程度で済んだ(京都は震度5程度だったと記憶している)。その時は、早朝だったが地震が起きているときは正直何もできずに、ただ固まるだけだった。あとから、親戚の知り合いの方が神戸にお住まいで、その方は助かったんだけど震災後も「がれきの中から『助けてくれ』という声が聞こえる」と、PTSDになったと聞いた。……阪神大震災の経験が今回の震災で生かされた面もたくさんあるだろうが、まだカバーしきれていない面もあると思う。

3月11日、震災の少し前、私は偶然反原発運動のことを知った。どんな運動で、どういう活動がなされてきたか。原発問題自体が、多くの人々の関心ごとではなく、私自身もほとんど今まで無関心でいたことを思い知らされた。知れば知るほど、原発誘致の問題は、沖縄の基地問題に構造がよく似ている。地方の住民は国からお金をもらうことで痛めつけられていることから目をそらされている。反対運動が起きても、雇用が生まれるだの、地域経済が活性化するだの、いろんなことを聞かされてうまく丸めこまれてきているのだ。

先日、政府は震災後の原発に対する災害緊急対策会議で記録を取っていなかったことが分かったという、信じられないニュースを見た。

原発事故に動揺しながらも被害を過小に認識(原子力安全・保安院)
発災当時の原子力災害対策本部は、菅直人首相を本部長に政府一体で構成されている。すべての閣僚が出席し、本来であれば、その議事録は福島原発の事故対策の一部始終が判明するはずだった。しかし、その責任を負う保安院は記録を忘れ、現実には議事録どころか議事概要すら残されていない

原子力・安全保安院のまとめた報告は、たった73ページだったそうである。(ちなみにアメリカの原発事故調査チームがまとめた報告は3000ページにも及んでいる。)

国民、地域住民に対して、どういう説明をしようというのか。なめきっているにもほどがある。私たちは、もっと怒るべきではないのか。

震災から1年、静かに祈りたい気持ちと、政府・東電に対する怒りとが混じっている状態。私は日本にいないので分からないけれど、日本のテレビではひたすら追悼モードなのだろうか。

私たちの生命を左右する原発問題を、たった73ページの報告書で満足させようとしている政府、そしてそれに対して何ら感情もわいてこない日本住民…私は後者の方が心配だ。チェルノブイリに相当するかそれ以上の事故が起きたにも関わらず、多くの人は未だに原発問題に無関心だ。私はそのことに危機感を覚える。このまま、原発を再稼働させ、第2のフクシマの犠牲が生まれるのをただ待つだけなのだろうか。日本は4度目の被ばくをするのだろうか。

明日(こちらの時間では3月11日)は、静かに祈りたいと思う。
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by hanasmilesf | 2012-03-11 10:29 | random thoughts

同じように接することのむずかしさ?:特別支援教育のこと(3)

このシリーズ、実は続きますと言ってから1年ほどたっていましたね。最後に書いたのは去年の11月になっていたので。忘れていたわけではないですがなかなか書く機会がありませんでした。

前回の記事はこちら。
You are who you are: 特別支援教育のこと

特別支援教育のこと(2): 健常者児童・生徒に対する教育

さて、今回はアメリカで経験したことをお話ししたいと思います。

といってもだいぶ前になるのですが、私が大学院にいた頃のお話ですね。当時は一軒家のお宅に間借りする形で住んでいたのですが、そこの大家さんが友達の息子(だったと思います)がサンフランシスコに遊びに来るので、泊めてあげることになったから、と知らされました。しかしその人は弱視で、全く見えないというわけではないのですがほとんど見えません。歩く時も視覚障害者が使う杖を持って歩きます。その人が、友達と一緒に車でサンフランシスコまで遊びに来るとのことでした。

話を聞くと、その息子さんは個別指導の授業を取りコンピュータ関係の仕事をしているとのことで、新しい人に出会ったり、新しいものに出会ったりするのが大変好きな方でした。話をして、半日私も彼らのサンフランシスコ観光に着き合わせてもらうことになり、ゴールデンゲートブリッジやフィッシャーマンズワーフに行ったりしました。

おもしろかったのは彼の友人で、常にアメリカンフードを食べたいといい、チェーン店のレストランを探していました。サンフランシスコはそういったレストランはあまりないので、電話で調べては、遠すぎて断念、ということになっていたのがちょっと面白くもあり、かわいそうでもありました。

もっと興味深かったのはこの友人と息子さんとのやりとりでした。車に乗っていて、息子さんが「あ、コーラのトラックの音がする」というと、「ああ、今通って行ったよ」と。コーラのトラックは、スーパーとか自動販売機に卸すメーカーのトラックのことです。今こんなバスが走って行ったよ、とか、足元にゴミが落ちてるから気をつけて、とか、ごく普通のことのように友人がその息子さんの目になってあげているのをみて、感心してしまいました。私だったらそこまで気が回らなくてできないなあ、と思いました。息子さんも友人も、とてもおしゃべり好きなのですが、それでも目が見えない人のために伝えてあげなくちゃいけないことを伝えてあげている、ということはすごいことだなあ、と思いました。

おそらく長年の付き合いなので自然にそれができるようになったのかもしれません。普段からそのように接していて、おそらくこれまでもずっとそのように接いてきたのだろうなあというのが伝わってきました。私のほうは全然慣れていなくて、戸惑ってしまったことのほうが多かったのですが。

前にも書きましたが、多くの健常者は、障がいを持っている人に対してどう接していいか分からない、だから距離が遠くなってしまう、と言いました。まさに私はそんな対応の仕方だったと思いますが、その友人がいてくれたおかげでいろんなことが学べたし、その息子さんとの距離も近くなったように思えました。

もちろん、障がいに対する配慮は必要。でもどう接すればいいかというのを心得たうえで、健常者と同じように接することって、頭では分かっていてもなかなかできないという人が多いんじゃないかなあと思います。そのためにも健常者側ほうが考え方を変えなくちゃいけないし、健常者の教育も必要なんだと思います。

先日の学会でも、聴覚障害を持っている児童の数学教育について研究している方の発表を聞くことができました。聴覚障害の子たちのカリキュラムと、健常者児童のカリキュラムは全く違うそうです。しかしそれで本当にいいのか、聴覚障害児の教育がリーディングとスピーキングに偏りすぎているのではないか、という批判が出てきていて、それを何とか変えたいと思っていらっしゃるようでした。つまり、カリキュラムを作る側が考え方を変えなくてはいけないのではないか、ということですね。特別支援教育は私の専門外ですが、そういう動きもできる限り注目していきたいと思います。

今回でシリーズは終わりにしようと思いますが、また機会があれば書きたいと思います。
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by hanasmilesf | 2011-11-12 06:09 | random thoughts

まもなく地震後6カ月

もうすぐ、3.11から6カ月ですね。地震からの復興は、毎日進んでいますが、同時に原発事故の影響もまだ続いています。

事故を起こした福島第1原発からは、今でも放射能が出続けています。これから、何年かかるのでしょうか。日本は放射能とずっと向き合わなければいけないことになってしまいました。

全国の放射能濃度一覧
(福島県はやはり突出して高いです。でも意外なところが高かったりしてます。)

この前東京方面に一時帰国した知人の話によると、人前と地震後では、雰囲気が変わってしまった、と言っていました。特に子供を持つ母親は、ものすごく放射能や汚染について敏感になっている、と。子供を外で遊ばせる時、野菜や果物を買う時、海産物を食べる時。

東日本と、西日本では、雰囲気も大きく違うようです。関東や東北ではいまだに余震も続いていますし、地震の影響は常に身近に感じられますが、関西ではそういった日常での不安感はあまりありません。普段見ているニュースでは、あまり感じられないかもしれませんが、関東や東北の人たちが感じている不安やストレスは、もっと伝えられてもいいんじゃないかな、と思います。それが普通の状態ではない、ということに、慣れてしまうと、普通になってしまうのかもしれないけれど、異常事態そのものがずっと続いていることへの、不安、不満、ストレス、…も、もっと知りたいですし、言ってほしいです。

そして、一日でも早く、少しでも前へ進んで行けるように。
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by hanasmilesf | 2011-09-06 16:32 | random thoughts

あきらめることは、難しい。

よく、「あきらめることは、続けることより簡単だ」って言いますよね。

確かに続けることは、大変で、しんどくて、難しい。でも、あきらめることは、続けることよりもつらいことなんじゃないか、と思う時があります。

だって、今まで頑張ってきたものを、あきらめるんですよ?!自分がしてきた努力とか、これまで築いてきたものとかも。それは、なかなかあきらめられない。(自分でもあきらめの悪い人間だと思います…。)

いったん、決心がついてしまえば、すごく楽で、新たな気持ちで前に進めるんですけど、決心がつくまでってすごく苦しいし、なんか自分の一部が引き裂かれるようだし、悩むし…。

それでも、どうがんばってもどうしようもない時もあるんですよね。あきらめるしか、方法がない。つらいです。

その現実を受け止めて、前に進まなくちゃならない。心が傷ついているのを分かっていながら、でも、前に進んで行かなくちゃならない。

大丈夫。命までは取られまい。(これ、母親のことばです)

きっと次の道がある。今は傷ついていて、心の傷をかばいながら歩いていくしかなくても、この決断が、次につながってくるはず。

あの時、あきらめてよかったなあ、って思える時が来るはず。

<補足>私の話じゃないんですけれども。
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by hanasmilesf | 2011-08-05 14:49 | random thoughts

私にとって「移住する」とは

先週、asianimprovさんのブログで住み慣れた土地を離れて移動するということ(リンク)という記事を読みました。このたびの震災により避難、そして住みなれた土地を離れ他県や他市に移住しなければならない人たちのこと、そして移住、移民するとはどういうことか、ということを書かれています。

1週間以上も前の記事ですが、なんとなく私の中で悶々と考えていました。その記事に寄せられたコメントも併せて読んで、今の自分の状況を重ね合わせながら読んでしまいました。

私がアメリカへ来たのは2001年8月、今年でちょうど10年になります。2003年に8ヶ月ほど日本に帰っていたので、合計で言うとまる10年にはならないのですが、それでもこの年月を経て、いろんなことを思います。

在米10年というと、「もうアメリカ人だね」「もうアメリカのほうがいいんでしょうね」とよく言われます。もちろん「アメリカ人」だなんて思ったことはありませんし、「アメリカのほうがいい」と思ったこともありません。意外でしょうか。でも、学生時代は年に2回は日本に帰国していましたし、卒業してからも年に1回は必ず帰国しています。私はこの「帰国する、あるいはできる」、ということが、すごくポイントになっているのでは、と思っています。帰国して家族や友達に会って、日本のものを食べ、テレビを見、そうすることで日本にいるときの感覚が保たれているように思います。

当たり前ですが、法律的にも私は「アメリカ人」ではなく「日本人」です。アメリカでは学生時代は学生ビザでしたし、今は労働ビザです。アメリカに税金は払っていますが、当然ながら市民権はありませんから投票などはできません。家族は全員日本に住んでいますから、祝祭日は寂しく一人ですぐさなくちゃいけない、という時もあります。別に長年アメリカに住んだからと言って、アメリカ国旗を見て胸に手を当てる気にはなりませんし、アメリカ国歌を歌うこともできません(歌詞をちゃんと知らないし)。オリンピックを見ていても、アメリカを応援しようと思ったこともありません。

私は日本にいるときも、アメリカに来てからも、一つの場所から離れる、ということがほとんどありませんでした。サンフランシスコに来てから何回か引っ越しはしていますが、便利さもあって同じ郵便番号の地区内を少しずつ移動しているくらいです(ただ、引っ越しの時は自分の意思で決めたわけではないので、「移動せざるを得なかった」わけですが…)。一つのところにとどまることをあまりしない人がいるとしたら、私はその逆だろうなあ、と思います。できるだけ、一つのところにとどまっていたい。なので、ミネソタからサンフランシスコへ来た時、楽しいというよりはカルチャーショックでした。慣れるまでにしばらくかかりましたし、好きになるのにも時間がかかりました。今は、サンフランシスコというものすごく地理的にも文化的にも恵まれているところで、よかったなあと思っています。

私は「移民」(アメリカに定住する、と決めた人)ではないので、一つのところにとどまりたい、とは思いつつ、アメリカにはまだ根をおろしていない状態です。でも年月はたっているので、根をおろしていない状態で水を得て、葉をのばして来たなあという感じがします。最近は早く日本に帰りたいと思うことも多いですし、年々その気持ちが強くなってきています。いつかはまだ分かりませんが、きっと日本に帰る日が来るだろうなあ、と思っています。

その時はどんな気持ちで日本に帰るのか、まだ分かりません。また、日本に帰ってみて、どう思うのかも。先日、私が卒業するのと同時に母校の大学院に入ってこられ、マスターをこの5月に卒業された日本人の方とお知り合いになる機会がありました。その方は留学は二度目で、一度日本に帰って何年かお仕事をされてからまた留学してこられたので「日本に残る理由がなくなって」アメリカに来た、とおっしゃっていました。その方は日本で働いていると、本当に日々のルーティーンに追われ、せかせかと自分の体を犠牲にしてまでも働いているのがおかしいと思ったそうです。だから、「hanaさんも一度日本に帰られたら、分かると思う」とおっしゃっていました。

移住、移民、移動するというのは、本当にそれぞれの理由があります。私は留学という形で、自分の意思でアメリカに来たので、今回の地震の被災者のようにやむを得ず移住することになったというわけではありません。でも、住み慣れた土地を離れることの重さ、留まることの重さ…を、自分と重ね合わせながら、考えずにはいられません。
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by hanasmilesf | 2011-05-28 11:40 | random thoughts

randam thoughts and journals from Kyoto~サンフランシスコから日本に戻ってきました~Coming full circle


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(一応)社会人
人はいいけど頑固。
映画はまんべんなく見るけどSFはあまり見ない。
日本人だけど刺身が苦手。

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