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カテゴリ:education( 38 )

小学校英語をネイティブスピーカーに頼りすぎてきた日本の教育

今年度から実施されている小学校での英語教育。もう必須になって3カ月目になろうかというところ。NHKの番組「クローズアップ現代」でも取り上げられていたようです。番組の放送内容全部は見れませんが、レポートのビデオクリップはリンクから見られます。

教壇に立つのはだれ? ~小学校・英語必修化の波紋~

今まではほとんどの自治体で、JETプログラムと言って主に英語圏の国から教師をリクルートし、選ばれた人がある程度日本でトレーニングを受けて各自治体に派遣され、その後お給料はその先生を雇っているという形で自治体から出されていました。

実は、私の地元の自治体もこのJETプログラムを通じてAETの先生を雇っていましたが、合併以後各町で雇うことはなくなり、また、ネイティブの教師を派遣する会社と契約するのもお金がかかる、ということで、独自で小学校英語を教える人を募集し、雇うことになったそうです。その方は帰国子女で、ご自分で英語を教えていらっしゃるとのことで、自治体とも多少のつながりがあったので雇われることになったそうですが、少なくとも今回のビデオで紹介されているようなトラブルはないものの、やはり授業は全部自分で準備しなくてはならず(担任の先生と協力する、ティームティーチング、というやり方ではないため。JETの場合は、それができることが多いですが)、しかもいくつもの小学校を掛け持ちすることになるため、かなり忙しいようです。加えて言えば、その方は小学校の教員免許はお持ちではありません。しかし、自治体やといのため准公務員扱いになるはずです。ちょっと、そこまでの責任をその方一人に任せていいのかな、という気がします。

もうすでに始まっているのかどうかは、分かりませんが、小学校で英語を必須にするなら、英語の教員免許を取る人に小学校での実習をさせるなど、教員教育の充実を図っていくべきです。もっと言えば、ネイティブスピーカーを派遣する制度自体、自治体(の教育委員会)が改めるべきだと思います。文科省はもっと教員養成のための制度を整えていく必要があります。ネイティブスピーカー信仰は捨てて、きっちり教えられる先生を雇いましょう。

専門教育を受けた教師が必要ならば、中学校の教員免許を持っている非常勤講師を派遣したほうが、まだましでしょう。

私が苦々しく思うのは、日本語をアメリカで何年か教えてきて、特にアメリカの大学で日本語を勉強している学生の卒業後の一つのオプションがJETプログラムだったことです。今ではその傾向は少しなくなりつつありますが、10年ほど前まではJETがどんどん大きくなって、日本には別に興味がない、英語を教えることにも興味がない、ただ大学を出てやることがないので日本に来た、という感じの人がちらほらいました。そういう人が実際に学校で教えていたんですよね。

でも、裏を返すと、日本では労働ビザがとにかく取りにくいんです。いちばん簡単に取れるビザの一つが、こういう語学講師という肩書で入ってくるビザです。つまり、いくら日本が好きで日本で働きたくても、語学講師という道でしか入ってこれない人もいたわけです。でも、そういう人が英会話学校で大人に教えるのと、小学校で子供に教えるのとでは、違うと思うんです。ただネイティブの先生に習えばいい、という話ですまない。ですからもちろん、いくら帰国子女の講師でも、いくつも学校を掛け持ちさせられるような勤務形態で雇うようでは、本当に英語教育を大事にしているのか、疑いたくなります。

それとも、まだ小学校の英語教育は「遊び」程度なのでしょうか?

本当に国際的な競争力をつけていきたいのなら、そしてそのために小学校での英語を必須にしたのなら、もっと本気で小学校英語教育のカリキュラムの作成(あるいは改訂)、英語教員の労働環境の改善、そして英語教員の養成をするべきではないでしょうか。
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by hanasmilesf | 2011-06-05 15:07 | education

Anti-Bullying いじめ反対!のビデオクリップがすてき

カナダ・バンクーバーの中学生と小学生が中心になっていじめ反対運動で作ったらしい、ビデオクリップを紹介します。総勢100人くらい入るのかな。みんなピンクのTシャツを着ています。周りにも同じTシャツを着ているのは、親御さんでしょうか。先生かな?周りにいる、すごくやさしそうな眼をしたおじさんが印象的でした。



バンクーバーでも、これだけアジア系の多い中学校・小学校があるのですね。多様・多文化な様子がうかがえます。
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by hanasmilesf | 2011-02-09 11:10 | education

InductiveとDeductive

日本語を教えていて、教師としてつまづいた、と感じるのは「教え方がまずい」と自分でも感じるときです。私は日本語教授法が専門ではなく言語教育も専門ではないので、専門的な知識、この場合は教えるのに必要な技術面での知識が乏しいと実感させられます。日本語そのものへの質問へ答えられないのも苦しいけど、教え方そのものがまずい、と感じるのも苦しい。そんなときにベテランの先生からヒントをもらったのがInductive/Deductive Teachingという方法。大学院の時にほんの少しだけ習ったのだけれど、実践としてトレーニングなどはしていないので、今が実践の時のようなもの。

InductiveとDeductiveの説明については、グーグルで探したこちらのリンク(PDF)ブログ記事を参照してください。

Inductiveのほうはstudent-centeredとも言えると思います。生徒が先生が出した例からルールやパターンを見つけて行く、という教授法で、Deductiveのほうは先に先生からルールを説明した後で練習させる、という従来の(伝統的な)教え方です。私が失敗したのはDeductiveの教え方の上にさらに説明が不明瞭だったためだったと思われ、今考えると思わず「あちゃー」となるような教え方だったんです。

ベテラン先生によると、これはどちらに偏りすぎてもだめで、うまく両方のバランスを取りながら進めて行くのがベストなのだそうです。

私の場合はInductiveのほうが圧倒的に欠けていたので、その部分を取り入れることによって少しはましになったと思います(が、誰かに比べてもらったわけではないので何とも言えません…)。でもまだまだ、うまくできない部分も多いですけれども。とくにTransition、一つの項目から次の項目へ移るときの移行の仕方がずっと課題です。もっとほかの先生の授業を見て研究する必要がありそうです。

ちなみにInductive Teachingは帰納的指導法、Deductive Teachingは演繹的指導法と訳されるそうです。(数学で習ったような気がするようなしないような?難しい…)
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by hanasmilesf | 2010-04-13 16:21 | education

日本語指導が必要な生徒の数

ちょっと遅くなってしまいましたが。今年文部科学省から発表された日本語の指導が必要な児童生徒の数の報告です。

文部科学省のページ
「日本語指導が必要な外国人児童生徒の受入れ状況等に関する調査(平成20年度)」の結果について

日本語指導:必要な外国人生徒2万8575人 過去最多
全国の公立小中高校などに在籍する児童・生徒のうち、日本語指導が必要な外国人は08年度、過去最多の2万8575人に達したことが、文部科学省の調査で分かった。07年度比12.5%(3164人)の大幅増。また、実際に日本語指導を受けている児童・生徒も過去最多の2万4250人(前年度比14.4%増)に達し、必要とする人に占める割合は84.9%(同1.4ポイント増)となっている。
 昨年9月1日現在の数を調査。日本語指導を必要とする児童・生徒は▽小学校1万9504人(同7.5%増)▽中学校7576人(同26.7%増)。都道府県別では、自動車関連企業などで働く外国人の集まる愛知県が5844人(同16.2%増)で最多。静岡県が2903人(同10.3%増)で続いた。母国語別で多いのはポルトガル語(1万1386人)、中国語(5831人)など。
毎日新聞 2009年7月3日 22時36分


要日本語指導2万9000人=昨年9月、公立小中高で13%増-文科省
公立の小中高校などに在籍する外国人児童生徒のうち、日本語の指導が必要な人数は2008年9月時点で前年比12.5%増の2万8575人いたことが3日、文部科学省の調査で分かった。6年連続で増加して過去最多となったが、「その後の景気悪化で減っている可能性がある」(同省国際教育課)という。
 調査では、日本語で日常会話ができなかったり、学習に支障があったりした子供の数を集計。内訳は小学生が7.5%増の1万9504人、中学生が26.7%増の7576人、高校生が15.5%増の1365人だった。
 母語別では、ブラジル人らのポルトガル語が1万1386人で最多。中国語5831人、スペイン語3634人が続いた。都道府県別では、多い順に愛知5844人、静岡2903人、神奈川2794人。
時事ドットコム(2009/07/03-16:33)


ちなみに京都府は222人、滋賀県は998人、大阪府は1,819人、兵庫県は702人、奈良県は78人、三重県は1,619人だったそうです。すごい地域差ですね・・。
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by hanasmilesf | 2009-07-23 14:11 | education

大学教育などについていろいろと

考える機会がありまして。私の場合、大学のときに興味がわいてきたこととか、もっと詳しく知りたい、と思ったことを教授に話したら、「それは大学院レベルでしかできないねー」といわれたのを覚えている。どういうことを知りたかったのかとか、どういう話の流れで誰からそれをいわれたのか詳しいことはまったく覚えていない。だけど、私の周りの友人がバイトしたり学食なんかで空き時間をつぶしていた頃、私は図書館にいていろんな本を読んでいた。もちろん「私が知りたいこと」を調べるために。今から考えたら多くの友人とは違う大学生活だったかもしれない。その代わり、友人の幅がほとんど広がらなかった。教職を取っていたので、そのときにやっと同じ体験を共有できた友達が一気に増えた。

最近の大学生の世代はいわゆる「ゆとり教育世代」とか言われて、世間からそういわれているために逆にしっかりしている生徒も多いと聞く。ゆとり世代前の方が、もっと問題児が多かったみたいな印象を受ける。社会問題に興味を持っている学生も、逆に多くなっているのではないか、という人もいた。これは面白い現象だなあと思う。確かに私が大学生のときはそれなりに受験競争も厳しくて、その反動で大学生活は遊ばないと損、見たいな雰囲気が大いにあった。今は就職活動の時期自体が早まっているので、2年生の終わりとかで就職を考えなくちゃいけない。自ずと、「将来自分はどうするねん」みたいなことを、真剣に考えないといけない年、年齢が早まってくるのだろうと思う。

そこで、大学教育について。私の母校を見ても、生徒の確保に必死である。と同時に、大学の側が、変わらなければならない、という意識がとても高くなってきているように思える。「変わらないといけない」と思っているのは、一部の先生たちだけかもしれない。無論、受験制度そのものが変わらないといけないのでは、と言う議論もあるだろう。私の懸念としては、一つは、大学が専門学校になってしまわないかということ。生徒の確保ということは、生徒や保護者が求めているものである。つまりは堅実な就職のために。これでは「大学」という機関の意味さえ失われてしまう。一方で、古い大学の体制というか、アカデミアの文化、みたいなものは残り続けていっているような気もする。どれだけの人が大学院に進むのか、私は聞いたことはないのだけれど、大学院に進むという道の狭さと閉鎖性みたいなものはあまり変わっていないようにも感じる。そういう中で、大学教育だけじゃなく大学院教育も進んでいるのだろうか。実は、アメリカに住んでいると日本の大学院生とかと交流もなくどんな感じなのかまったく分からない。大学時代、専攻の学部で(私は専攻の先生はほとんど好きだったんだけれど)、ものすごーくつまらない授業をする先生がいた。あの先生は、この時代の変化に合わせて今は違う授業をしているのだろうか、それとも今でも同じような授業をしているのだろうか。変わっていてほしいような気もするし、逆に変わっていてほしくないような気もする。その先生とはまた別の先生にいっぱい刺激を受けたので、それはそれでよかったのかも、という気もするからだ。しかし、日本の教育が変わるためには、この大学教育が変わらないといけないということも心に留めておかなくてはならない。
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by hanasmilesf | 2009-04-01 12:51 | education

議論の余地

ニューヨークタイムズのオンラインで、こんな記事を見つけました。
The Best Ways to Teach Young Newcomers

移民の生徒はアメリカの学校で増え続けていますが、その教育方針(特にバイリンガル教育)についてはいまだ議論が盛んなんですね。これだけ、生徒が多様でも、まだまだ議論の余地がある=課題があるというのは、アメリカ社会のいろいろな側面が教育に反映されているのが分かります。

この地図は各州にどのエスニック・グループが住んでいるかという人口分布がとてもよく分かります。年表を動かすと、十年前、二十年前、あるは19世紀はどうだったか、が分かります。
Immigration Explorer
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by hanasmilesf | 2009-03-12 04:34 | education

教育の課題

フィラデルフィアの学会で、たまたま行った発表がそうだったのだとは思いますが、一つのテーマとして、Social Justiceを教えるには、教育者はどうするべきか、というのがありました。多様なバックグラウンドを持つ生徒たちに、教育者はどうやってアプローチをしていくべきなのか。また、生徒と教師、学校とコミュニティを結びつけるにはどうしたらいいのか。

移民の場合、生徒や親がアメリカ社会に適応するように促すよりも、教師の方が変わらなくてはいけない、学ばなくてはいけないことがたくさんあって、教師の方からの歩み寄りが一つの鍵になる。また、教育者自身が、自分の文化を理解し、それだけでなく(教師が白人の場合)White privilegeやWhite supremacyについても理解しなくてはいけない。「Social justiceを教える前にまず、Injucticeとは何か、というのを理解しなくてはいけない」とある発表者の方がおっしゃっていましたが、まさにそうだなあと思いました。

元クラスメートも発表したのですが、「オバマが大統領になったからといって、人種問題について教えなくていいというわけではない。それは、勘違いしないでほしい」と、言っていました。黒人の彼は冷静に人々の反応を見ているようでした。オバマが大統領になったからといって、黒人生徒に対する先生の態度や対応が変わるわけではない。また先生たちが人種問題に対する意識について何もしなくていいわけではない。彼は黒人の少ない州で面接を受けてきたところだったので、余計にそう感じているようでした。

二ヶ月ほど前に読み始めてそのままになっている(読み終えないと)、鄭 暎惠(ちょん・よんへ)さんの本で述べられていた、マジョリティ・マイノリティの関係を思い出しました。また時間ができたら書きます~。
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by hanasmilesf | 2009-03-06 03:55 | education

英語で英語を?

ついに出ましたね。英語で英語を教えるべきという指導要領案。まだ<案>ですからね、決定じゃないですけれど。

<高校新学習指導要領案>英語で授業…「自信ない」教諭も
「使えない英語」から「使える英語」へ。22日に公表された高校の新学習指導要領案は「英語の授業は英語で行うことを基本とする」と明記した。文法中心だった教育内容を見直し、英会話力などのアップを目指すのが狙い。文部科学省は「まず教員が自ら積極的に用いる態度を見せるべきだ」と説明する。だが教諭の英語力や生徒の理解度はばらつきが大きい上、大学入試は従来通りとみられ、現場からは効果を疑問視する声も出ている。【三木陽介、平川哲也、高橋咲子】

最初の印象は、「え、高校で?」でした。

英語を英語で、という、このアイデアはいいんですよね。これを高校でやるということにどうして違和感があるかというと、高校英語というのは、大学進学、短大、専門学校、就職、という、いろいろな道が、結構早い段階で決まっている状態。あるいは入学当初から決まっている状態。端的にいえば、初めから能力別になっている状態です。それができる、あるいはそれが必要な生徒もいれば、そうじゃない生徒もいます。

もちろん、英語を授業でたくさん使うというのはいいです。しかし、受験英語で難しい文法を教えるときは、断然日本語のほうがいいです。というのは、生徒の母語は日本語だからです。

高校生にもなると、母語の力が強くなっています。だから、あえて第二言語で理解するよりも母語で理解する方がいいんです。これは、「英語力」の問題じゃなくて「理解力」の問題です。中学英語だと、そこまで難しい内容はない。第二言語で十分理解できる程度の英語(のはず)です。

記事にもあるように、高校で中学英語の復習からやらないといけない生徒、逆に受験に合わせなくちゃいけないから、そんなこと必要ない!という生徒、両方あります。

私が中学で教育実習をしたとき、英語教育って随分変わったんだなあ、と思いました。コミュニカティブアプローチがたくさんとられていたんです。高校も、たぶん変わっていると思うのですけれど、、、実際のところ、受験英語が変わらないと変えられないと思います。

今は、英語に特化した高校(文科省指定)が全国にいくつかあります。私立の学校でもそういうところがいろいろあります。そういうところではもちろん、長い間実践されているのだろうなあ、と思います。

もしやるとしたら、いきなり高校で、ではなくて小学校英語、中学校英語の段階でもっともっとレベルが上げられるようにしてから、高校英語でしょう。「英語を英語で教える」っていうのは、生徒も先生も「英語で考え、英語で話し、英語で書く」っていうことになります。そうなることが目標なのでしょうか、それとも「英語をもっと話しましょう」程度のものなのでしょうか。

これだけ、幼児英語教育が盛んになってきて、小さいときから英語を学ぶ子供たちが増えて、そういう地盤はできてきているのでしょうか。

だとしたら、質を上げなくちゃいけないのは教員の側ですし、その教員を養成する大学教員の側ですし(これ重要)、さらにいえば教育を管轄する文科省の側なんじゃないか、とも思います。

長い目で見たときにどういう人材が必要なのか、を総合的に見て英語教育を変えていく必要があるんだろうなあと思います。
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by hanasmilesf | 2008-12-23 02:45 | education

Season's songs in English classes?

小学校での英語の必須化が目前に迫っている昨今ですが・・
皆さんは、小学校の英語の授業でクリスマスソングを取り上げることについてどう思われますか?

テレビでもラジオでも、今の時期はいつでも流れていて、生徒にとっては身近な教材でもあります。歌から英語を学ぶ、というのもいいですし。日本では、当たり前のようにクリスマスソングを歌っても不思議ではないかもしれません。日本語になっている歌もたくさんありますし、私も幼稚園のときは歌っていた記憶があります。

でも、クリスマスはキリスト教のお祝いですよね。日本では宗教色がとっても薄いし、どこでもイルミネーションがあってそんなに抵抗をもたれないと思います。

意外かもしれませんが、アメリカに住んでいると余計にクリスマスソングを学校で歌うことには抵抗を感じますし、おそらく実際にも公立学校ではうたわれないのでは、と思います。アメリカの学校にはキリスト教以外の生徒もたくさんいますから。(ちなみに、ユダヤ教徒の元クラスメートは、クリスマスって何をする日か、大人になるまでよく知らなかったそうです。)

そんなことは、実は私もあんまりよく認識していなかったんです。ミネソタの小学校でインターンをしていた頃、「クリスマスソングでも聴きたいですね」というと、先生に、「クリスマスは特定の宗教ですから学校では歌いません」と言われたことがあります。変わりに、"Happy Holidays~♪"という曲(正式名称は知りません)を歌っていました。



日本の学校に、戻って。
もしクリスマスソングを取り上げるなら、どうしてクリスマスを祝うのかとか、その意味も取り上げるべきではないか、と思います。(翻って、どうして日本では意味合いが違うのか・・・とか、少し深い議論を生徒としてみるのもいいかもしれません)あと、どうしてMerry ChristmasだけじゃなくてHappy Holidaysというのか、というのも説明してみたり・・・。

ちなみに、私がクリスマスソングを学んだのはほとんどがNHKのラジオ講座を通してでした。その際もクリスマスの意味などを説明されたと思います。私のお気に入りは、「英会話入門」で毎年紹介されていた(今もされているかな?)「クリスマスの12日」です。

参考サイト:
http://www.worldfolksong.com/xmas/song/twelvedays.htm
YouTubeではこちらのバージョンを聞いたと思います。ちょっと画像が悪くて音が小さいですが・・・。
12 days of Christmas - Muppets & John Denver
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by hanasmilesf | 2008-11-30 10:24 | education

日本語指導と「外国人生徒」

友達に教えてもらったのですが、読売新聞の記事にこんなのが出ていたそうです。調べてみると、このニュースを載せたのは読売新聞だけで、文部科学省のホームページにもそれらしき報道発表はなく、なぜこの時期に、この記事を?という疑問がわきます。

外国人生徒の日本語教育、財政面などで支援へ…文科省
文部科学省は全国の小・中・高の公立学校で外国人生徒が増加傾向にあることから、これまで自治体任せだった外国人生徒に対する日本語教育の支援に乗り出す。
 自治体が日本語、外国語双方に堪能な非常勤職員を雇用することを財政面などで支援し、授業の通訳や日本語の指導教室の拡充を実現しようというものだ。
 文科省の調べでは、2006年5月の時点で全国の公立小・中・高に通う外国籍の生徒は7万936人。このうち、日本語が分からず授業が理解できない生徒は5475校に2万2413人いて、前年より8・3%増と、年々増加傾向にある。背景には1990年の出入国管理法改正で日系人の単純労働が可能になり、南米から入国者が増加したことがある。実際、外国人生徒の母国語別の内訳はブラジルで使うポルトガル語(38%)が最も多く、中国語(20%)、スペイン語(15%)と続く。
 これらの生徒の中には、日本語を話せないため学校生活になじめなかったり、問題行動や犯罪を起こしたりする事例もある。文科省は外国人生徒の日本語能力の欠如に起因する問題が増えていることを重く見て、自治体の取り組みを国が支援することが不可欠と判断した。
 文科省では08年度の概算要求で19億6000万円を計上、同年度中に全国に約1600人を配置したい考えだ。
(2007年11月5日3時1分 読売新聞)

友達とも話していたのですが、文部科学省が予算を組むということは、何か裏があるのだろうか・・・とすこし疑ってみたくなったり。そしてどうして太字の部分が必要なのか。あるいは重要なのか。日本語指導の非常勤職員を増やすだけで問題は解決するのか。まさか、そんなことは思っていないと思いますけれど、ただ、気になるのはこういう報道によっても「外国籍児童生徒」に対するレッテルが作られていくのではないか、ということです。

日本語指導だけが課題ではない、それに対してどう対応していくか、また、「日本語指導の非常勤講師」がどんな役割を持つのか(持たされるのか)、ちゃんと認識されているのだろうか、と感じます。現場ではどうなっているのか、もう少し知りたいですね。
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by hanasmilesf | 2007-11-06 11:43 | education

randam thoughts and journals from Kyoto~サンフランシスコから日本に戻ってきました~Coming full circle


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