Random thoughts パート2
2009年 09月 25日
なんだか最近、まとめて書くことができません。そして今日もランダムに書いていきます・・・。
あ、日本は「シルバーウィーク」だったとか・・・。最初、「ああ、敬老の日がある週だから?」と思っていたら、ものごっつい連休だったんですね。ゴールデンウィークの姉妹連休?という感じだからそういう名前がつけられたのか。それにしても、日本は休日・祝日が多いですね。そうでもしないと休めないからなのでしょうか。あるいは経済効果を狙ってというのが本音かもしれませんが・・。
ところで、最近David Mura(デビッド・ムラ)の本を読み始めました。
日本語版はこちら。訳が逆(英語はTurning Japanese, 日本語では「アメリカ人」)、というのがおもしろい・・・
アメリカ中西部生まれの日系アメリカ人3世が、フェローシップで日本に来ることになったことから、それまでは日本という国はまったく遠い国のことだったために、戸惑いながらも日本という国で自分を見つめていく、という話です。1991年に書かれた本なので、多少時代的な部分はあるのですが、たとえば日本人女性の描かれ方は、少し読んでいても違和感があります。しかし、90年代(あるいは、80年代後半)の女性の地位はまだまだ低かったんだなあ、と思いますし、それが外から見ればもっとそのように見えたんだろうなあと思います。
面白いのは、「日系アメリカ人の視点」がそのまま伝わってくる、ということ。アメリカのヨーロッパ系白人でもない、日本人でもない、日系アメリカ人からの視点から見た日本、という部分で、私の知っている日系アメリカ人が日本をどう見ているか、というのにも少し共通する部分があり、面白いなあと思いました。もう少し言うと、この「日系アメリカ人の視点」は、アメリカ=白人の見方に強く影響されていて、かといって、自分のルーツである国で感じることは、やはり白人とは少し違う。本の中にも出てきますが、「自分と同じ顔をしている人がこんなにもたくさんいる」という新鮮な驚きや興奮が、日本を見る目を変えていくんですね。
まあ、読み始めたばかりなので、もし読み終わったら(分厚い本なのでゆっくり読んでます・・)もう一度感想を書きたいと思います。
*
話は変わって。
「ホワイトネス」で検索してこのブログに来る人も時々いるのだと知って、またホワイトネス研究の本についてなどネットで調べたり、いろいろしていくうちに、Tim Wiseのインタビューにもぶち当たり、
Tim Wise on Racism 2.0
彼から学ぶべきことはいっぱいあるなあ、と思っていたんです。最近いろんな人と出会い、話している中で、「日本人(マジョリティ)としてできること」とは、見たいなことをぼんやり考えていて。
もう少しだけ詳しく話すと、アメリカで言う多文化教育というのは、もともとはマイノリティで教育の中では隅っこにやられていた人たちが自分たちの声を上げていって作り上げていったもので、いろんな立場のマイノリティの人が、大きな共通した目標として「差別をなくすこと」や「平等な教育」を掲げてやってきたわけです。しかし、実際の教育現場というのは、白人女性の先生がほとんどなわけで、先生を目指す人たちが学ぶ大学院も白人女性が多いわけです。そういう人たちに「多文化教育」を教科書だけを通して教えても、だめなわけですよね。頭では理解できても、実際に生徒に教えるときの行動が、変わらなければ、意味がないわけですから。多文化教育が、「マイノリティの生徒たちの文化を学ぶこと」ではない、というのは、そこにあるわけです。
では、どうすればいいのか。そこで「ホワイトネス研究」というのが役立つわけです。「白人である」とはどういうことか、というのを理解するために。つまり、自分自身について学ぶわけですね。自分自身の(グループの)歴史についても。自分自身がわからなければ、違うバックグラウンドを持った生徒たちを教えることはできないから。
これは、日本人(マジョリティ)にもいえることです。自分自身を知らなければ、マイノリティの生徒たちを教えることはできない。自分自身を知るとは、自分が当たり前のように思っている特権や、意識しなかった偏見に気づくことでもあります。そこを、理解しないといけないと言うことなのだと思います。
だから、Tim Wiseやペギー・マッキントッシュやルース・フランケンバーグなど、「白人であること」をクリティカルな視点で見て、その上で白人に意識の変革を促す活動をしていく人たちから学ぶことは、たくさんあります。
*
ランダムとは言いつつ長くなりました。
あ、日本は「シルバーウィーク」だったとか・・・。最初、「ああ、敬老の日がある週だから?」と思っていたら、ものごっつい連休だったんですね。ゴールデンウィークの姉妹連休?という感じだからそういう名前がつけられたのか。それにしても、日本は休日・祝日が多いですね。そうでもしないと休めないからなのでしょうか。あるいは経済効果を狙ってというのが本音かもしれませんが・・。
ところで、最近David Mura(デビッド・ムラ)の本を読み始めました。
日本語版はこちら。訳が逆(英語はTurning Japanese, 日本語では「アメリカ人」)、というのがおもしろい・・・
アメリカ中西部生まれの日系アメリカ人3世が、フェローシップで日本に来ることになったことから、それまでは日本という国はまったく遠い国のことだったために、戸惑いながらも日本という国で自分を見つめていく、という話です。1991年に書かれた本なので、多少時代的な部分はあるのですが、たとえば日本人女性の描かれ方は、少し読んでいても違和感があります。しかし、90年代(あるいは、80年代後半)の女性の地位はまだまだ低かったんだなあ、と思いますし、それが外から見ればもっとそのように見えたんだろうなあと思います。
面白いのは、「日系アメリカ人の視点」がそのまま伝わってくる、ということ。アメリカのヨーロッパ系白人でもない、日本人でもない、日系アメリカ人からの視点から見た日本、という部分で、私の知っている日系アメリカ人が日本をどう見ているか、というのにも少し共通する部分があり、面白いなあと思いました。もう少し言うと、この「日系アメリカ人の視点」は、アメリカ=白人の見方に強く影響されていて、かといって、自分のルーツである国で感じることは、やはり白人とは少し違う。本の中にも出てきますが、「自分と同じ顔をしている人がこんなにもたくさんいる」という新鮮な驚きや興奮が、日本を見る目を変えていくんですね。
まあ、読み始めたばかりなので、もし読み終わったら(分厚い本なのでゆっくり読んでます・・)もう一度感想を書きたいと思います。
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話は変わって。
「ホワイトネス」で検索してこのブログに来る人も時々いるのだと知って、またホワイトネス研究の本についてなどネットで調べたり、いろいろしていくうちに、Tim Wiseのインタビューにもぶち当たり、
Tim Wise on Racism 2.0
彼から学ぶべきことはいっぱいあるなあ、と思っていたんです。最近いろんな人と出会い、話している中で、「日本人(マジョリティ)としてできること」とは、見たいなことをぼんやり考えていて。
もう少しだけ詳しく話すと、アメリカで言う多文化教育というのは、もともとはマイノリティで教育の中では隅っこにやられていた人たちが自分たちの声を上げていって作り上げていったもので、いろんな立場のマイノリティの人が、大きな共通した目標として「差別をなくすこと」や「平等な教育」を掲げてやってきたわけです。しかし、実際の教育現場というのは、白人女性の先生がほとんどなわけで、先生を目指す人たちが学ぶ大学院も白人女性が多いわけです。そういう人たちに「多文化教育」を教科書だけを通して教えても、だめなわけですよね。頭では理解できても、実際に生徒に教えるときの行動が、変わらなければ、意味がないわけですから。多文化教育が、「マイノリティの生徒たちの文化を学ぶこと」ではない、というのは、そこにあるわけです。
では、どうすればいいのか。そこで「ホワイトネス研究」というのが役立つわけです。「白人である」とはどういうことか、というのを理解するために。つまり、自分自身について学ぶわけですね。自分自身の(グループの)歴史についても。自分自身がわからなければ、違うバックグラウンドを持った生徒たちを教えることはできないから。
これは、日本人(マジョリティ)にもいえることです。自分自身を知らなければ、マイノリティの生徒たちを教えることはできない。自分自身を知るとは、自分が当たり前のように思っている特権や、意識しなかった偏見に気づくことでもあります。そこを、理解しないといけないと言うことなのだと思います。
だから、Tim Wiseやペギー・マッキントッシュやルース・フランケンバーグなど、「白人であること」をクリティカルな視点で見て、その上で白人に意識の変革を促す活動をしていく人たちから学ぶことは、たくさんあります。
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ランダムとは言いつつ長くなりました。
by hanasmilesf
| 2009-09-25 04:35
| multicultural topic